2015/08/31

連載「下り坂をそろそろと下る 13」

 新国立競技場問題が深刻化する以前、日本のネット上では、韓国の平昌冬季五輪の施設建設の遅れが再三指摘された。長野などとの分散開催が検討されているという情報が飛び交い、日本のマスコミまでもがまことしやかに記事にした。これは、韓国のいくつかの市民団体が、そのような誓願をしたということに端を発した情報で、韓国の友人に聞くと、ほとんどが「はじめて聞いた」と答えるほどの小さなニュースが拡大された例である。しかもこの話題は、日本の新国立競技場問題が浮上すると、ネットではまったく流れなくなった。情けなさに、涙も流れない。
 北京五輪の際にも、その運営の稚拙さを揶揄する情報がいくつも流れた。おそらく、これから日本は、その痛いしっぺ返しにあうだろう。

平田オリザ「インターネットという閉ざされた空間—韓国・ソウル」から

 他国のアラ探しをしてどうなるというのだろう。

 この前のパラグラフは、同じ語を入力しても、検索結果が韓国語と日本語でこんなにも違うという話(『本』9月号)。
「韓国対イタリア」「サッカー」で検索すると、日本語では「買収」「疑惑」を含むページがヒットするのに対し、韓国語では同様の結果にならない。

2015/08/30

Kokkai-gijidomae Sta.

なんとか行けそう、で行った。

Kokkai-gijidomae Sta.(その下に「National Diet Bldg.」というシールが張られていたりする)を降りると、ホームからすでにごった返している。先を見ると、警官が改札付近でエスカレーターや階段の前で弁慶の立ち往生をしている。そのせいだった。

さて。国会前では、思いがけず、何人か知り合いにあった。12万人いれば、不思議はないのかもしれない。

都立大(日本語名は首都大に変わっても、英文呼称は変更なし)の関係者の近況を教えてくれたHさん。元気な人、元気でない人、亡くなった人と。退職後の生き方も教えてくれた。曰く、(辞めてわかる)肩書きがあることによる動きやすさだ。

なんと、オープンキャンパスで会った人にも会った。これにはお互いビックリ。

さすがに疲れ、座り込んでしまった。
3.11以来の集会やデモで、最寄り駅の利用者は増えているはず(日にち別で知りたい)。東京メトロも集会景気。一日あたりの乗客は増えている

たとえば、国会議事堂前駅。
丸ノ内線 2010年8,271人→2011年8,639人→2012年9,249人→2013年9,510人
千代田線 2010年8,573人→2011年8,820人→2012年9,271人→2013年9,375人

2015/08/29

嫌いな名前が人生を救う

 ある高校の同窓会誌のエッセイ。

 高二の学年末実力テストはクラス最下位、学年でもビリから数えた方が早い。当時の著者は精神状態も思わしくなく、自殺も浮かんだらしい。「それでも最下位はまったくの想定外」。
 大学に進学するつもりはなく、進路面接でも「就職したい」と告げた。先生からは、両親とよく話し合った方がいいとアドバイスをいただいたが、身の振り方は一人で考えた。

 そのつぎの文章だ。

「嫌いでたまらない自分の名前」。

 ? どんな名前なんだろう。冒頭に戻って確かめた。すると「千葉大学」とある。

 そのあとの文章だ。

「だが、高卒で『大学』という名前から逃げた先に、明るい未来が描けるという結論はどう考えても導き出せず、花を育てることだけに気持ちが救われていた私の進路は、消去法的に」園芸関連の学部に「決まった」。

「しかし落ちるだけ落ちた学力がすぐに向上するわけもなく、一浪してようやく私は名前に追いつくことができた」。

「大学4年間は楽しい思い出しかない。名前に対するコンプレックスもいつの間にか消えていた」。

 命名の由来はわからないが、この人は「大学」を機関としての大学と解釈していた。もしかしたら、「大きく学んでほしい」と思ってつけられたのかもしれない。


堀口大學(1892年生まれ)は、「出生当時に父が大学生だったことと、出生地が東京帝国大学の近所であることに由来する」という(Wikipediaから)。こういう命名もある。当時の学生数は400人ほど。

2015/08/26

改良できないのだろうか

 建物の脇で、学生が、何度もひっくり返した状態でポール台を一心不乱に振っている。下を向きながら、おはらいをしているようでもあるし、「しっかりしろ、大丈夫かっ!、死ぬんじゃない」と、倒れている人を起こすような勢いもある。

 ポール台にわずかに残っている水を完全に出そうとしている。

 湯たんぽも同様だが、わずかに残った最後の水、なかなか出てきてくれない。
「残ったままだと水が腐っちゃうらしくて……」。

 毛細管現象も試したらしい。しかし、内部でも1カ所に水が集まってくれない。貯まっている場所までタオルが届かない。で断念。

「結局、振るしかないんです」。

「ふたをしないで、乾燥させたら?」と言ったら、「この天気なので、それも無理」。
ざっと見たところ、20数個はあった。

2015/08/25

荷の積み方

あがってきた冊子を倉庫から運び出すため、20冊ずつの包みを台車に積んでいた。
タワーを作るような感じで、そのまま、4段、5段と積んでいた。
そこに、たまたま、経験豊富な職員が通りかかった。
「先生、これだと崩れちゃいますよ。組むように積むとしっかりしますよ」と教えてくれた。
試しにやってくれたのを真似して、積み替えた。
確かに、こうしたら、ちょっとした段差を乗り越えるときでもびくともしない。
なるほど。
これで、また賢くなった。
このサイト(行列のできるトラック相談所)によると、こうした積み方は「ピンホイール積み」と呼ばれる。つまり「風車」のような形というわけだ。

2015/08/24

『なつかしい時間』

 2013年に出た長田弘のエッセイ集

 17年にわたって、NHKテレビ「視点・論点」で話した48回の原稿、別の論考3本が元になっている。3.11後の最初の回「一日を見つめる」の直前に、「詩五編」のセクションがある。その最初が「人はじぶんの名を」、詩集『詩の樹の下で』からの一編だ。この年の5月、NHKの番組で朗読されたらしい。

 人はじぶんの名を
 二〇一一年三月一一日午後、突然、太平洋岸、東北日本を襲った大地震が引き起こした激越な大津波は、海辺の人びとの日々のありようをいっぺんにばらばらにした。
 そうして、一度にすべてを失われた時間のなかに、にわかにおどろくべき数の死者たちを置き去りにし、信じがたい数の行方不明の人たちを、思い出も何もなくした幻の風景のなかに打っちゃったきりにした。
 昨日は一万一一一一人、今日は一万一〇一九人。まだ見つからない人の数だ。それでも毎日、瓦礫の下から見いだされた行方不明の人たちが、一日に百人近く、じぶんの名を取りもどして、やっと一人の人としての死を死んでゆく。
 ようやく見いだされた、ずっと不明だった人たちは、悔しさのあまりに、誰もが両の手を堅い拳にして、ぎゅっと握りしめていた。
 人はみずからその名を生きる存在なのである。じぶんの名を取りもどすことができないかぎり、人は死ぬことができないのだ。大津波が奪い去った海辺の町々の、行方不明の人たちの数を刻む、毎朝の新聞の数字は、ただ黙って、そう語り続けるだろう。昨日は一万一〇一九人。今日は一万八〇八人。
(二〇一一年五月三日朝に記す)

 ボクが名前インタビューを始めたときの気持ちに近い。

最後の出演 2013年07月10日 「季節とともに考える
追悼 2015年05月26日「詩人・長田弘さんからの贈り物」(落合恵子)
「イツカ、向コウデ」も、彼が亡くなったいま読むと、たまらなく切ない(『死者の贈り物』所収)。

2015/08/23

オープンキャンパス閉幕

今年のオープンキャンパスが終わった。
同時に夏も終わった。
きょうは、午前中、雨がパラついてやきもきしたが、大したことがなく、ふたを開けたら、昨年の2割増し。
学部説明役もきょうかぎり。
毎年、受験生の情報欲求に合致しているのだろうか、気にしつつやってきた。学生に聞くと、「授業のようすを知りたかった」。大学の授業は高校とどう違うのか、気になるらしい。今年度は、授業の紹介に全体の1/3を充てるようにした。
個別相談では「また来ちゃいました」とリピーター。
去年も、その前も、二度三度と足を運んでくれる人がいた。
昨日は昨日で、話しているうちに、親御さんの出身高校が同じことがわかり、その話で突っ走りそうになった。が、ぐっとこらえたw
オープンキャンパスはいろいろな出会いがある。

ちょっと了解不能

8時半ごろ。
向かい側のホームの端に男性らしき人が倒れている。
誰も気に留めていないふう。
傍観者効果!」
駅員に知らせたくとも、見当たらない。
そのうちに僕の乗る電車が入ってきた。
次の駅で、乗務員に言うことにした。
説明すると、
「朝から、そうなんです」。
その言葉にビックリ。
知っていながら、そのまま。
熱中症の可能性もあるのに。

2015/08/20

調査の基本

安倍首相の戦後70年談話に関する世論調査の結果が出ている(東京新聞)。

選択肢は、「評価する」「やや評価する」「どちらとも言えない」「あまり評価しない」「評価しない」の5件法(で聞いたのだと思う)。

結果は、評価する、やや評価する、あまり評価しない、評価しない、どちらともいえないの順番で示されている。「どちらとも言えない」が最後に来ている(正確に言えば、最後に来ているのは「分からない、無回答」、いわゆるDK,NA)。この選択肢はリッカート(段階)形式なので、「どちらとも言えない」は「やや評価する」と「あまり評価しない」の間に置くべきだ。そうしないと結果を見誤る。

こうした集計方法は他紙でもみかける。調査の基本を誤っている(「どちらでもない」と「どちらとも言えない」が設問によって使い分けられているのは、後者に揃えるべきだろう)。

調査ついでにもうひとつ。

今回の調査では、評価(する、しない)理由の選択肢のひとつに「反省とおわび(をした、が不十分である)」が使われている。反省とおわびは別物。分けて聞かないと、回答に困る人もいるだろうし(例、反省は十分だと思うけれど、おわびが不十分)、今後の対応に役立てようがない。ついでながら、「安心」と「安全」もセットで用いられる代表だが、この場合も同様。安心と安全を区別しないとおかしなことになる。前者は気持ち、後者は事実。

2015/08/14

長野も雨

久しぶりの雨らしい。これで暑さも一息。

今回は、お墓参りと卒後45年の高校同窓会。
お墓ではカンバを焚いた。前日、既に家で迎え火をすませているとのことで、ここではなんと歌えばいいのか。

さて同窓会。ボクのクラスは46人中11人の出席。「会いたかった」と言ってくれる人もいてうれしかったが、彼の話に出てくる自分の姿に全然覚えがない。謝りたくなるような内容なのだが、「そのおかげで記憶に残っているんだから」とフォローしてくれた。ありがたい。

席上、出欠回答のファクスがまわった。坊さんになった奴がいて、「開催時期をずらしてくれないか」と書かれていた。そりゃそうだ。

会場ではみんなの当時の顔が曖昧だったが、帰りの車内で、にわかに立ち上がってきた。
すでに他界した人もいる。5年後の次回はどうなっているのだろう。

2015/08/09

オープンキャンパス潜入ルポ

昨日、今日と、他大学のオープンキャンパスに行ってきた。

一つは総合大学。炎天下での開催に対応して、一人3本までの飲み物券付き。ミストファンもあちらこちらに置かれている。広いので、周回バスも運行。
建築関係の学科をたずねたると、ブリッジコンテストが行われていた。恒例らしい。

学園祭の研究発表のような雰囲気。来場者が最も強靭そうな模型に投票する。そのあと実証実験。ボクが行った時はあにく終わっていた。パネルを見ると、得票数と実験結果が符合している。素人もいい線を行っている。

二つ目は女子大学。学科単位で展示があり、コミュニケーション関係の教室では、学生と教員がいっしょになって説明している。雰囲気は手作り。お菓子が真ん中のテーブルに置かれている。これがミソらしい。教員も総出。心理の学科では、振り向きドラゴンという錯視物が随所に置かれていた。初めて知った。3次元なのがいい。
写真は、大学近隣にある自動車学校の看板。よくできている。

2015/08/05

Et alors?(でも、それがどうかしたのかね?)

1980年代初頭。フランスのミッテラン大統領が、就任まもなく、彼の隠し子についてたずねられたときの答えだ。

これはながらく開き直り発言と思っていた。
「愛人がいたら、いけないのか」「隠し子がいたらいけないのか」。

しかし、これは「誤解」だった。
小坂井敏晶さんの論考「〈開かれた社会〉の条件」で知った(「UP」8号)。
「正しい愛の形を決めるのは社会ではない。私生活の是非は当事者の判断に任せよ」。これがミッテランの真意であり、近代と宗教の分岐点が、ここにあらわれている。
個人の行動は他者の自由を侵害しない限り、是も非もない、という近代個人主義の思想のあらわれ。だから、日本では成り立たない夫婦間の強姦罪がフランスでは、加重事由で、より厳しく罰せられる。70年代の性解放運動以降の、強制(同意のないこと)が悪であるとの世論を受け、1994年の刑法改正で変わった。

2015/08/04

固有名の衰退

 長田弘さんが2年前に行った講演を聴いた。タイトルは「詩と固有名」(これで、ググったら『本についての詩集』がヒットした)。
 講演の前半は、ことば遊びのようだけど、「死と固有名」。タイトルは後半に相当する。
 講演はアメリカの小さな町をまわったときの話から始まる。
 その小さな町々の中心には広場があり、そこには戦死者の碑がある。そこには死者の名前と、どの戦争で亡くなった(was killed)かが刻まれている。
 日本に慰霊塔はあっても死者の名はない。明治政府以降、戦「没」したかれらは「御霊」になるからだ。しかし、明治政府に抗った白虎隊十九士の墓、薩軍兵士の墓「南洲墓地」、そして沖縄「平和の礎(いしじ)」にある刻銘碑は違う。
 ワシントンD.C.にあるThe Wall(ベトナム戦争で亡くなった兵士の慰霊碑 Vietnam Veterans Memorial)にも名前が刻まれている。その名前をなぞる人も多い。
《後半》
 近代詩は固有名がふんだんに出てくる。しかし現代詩になると、暗喩が増え、自分を語る詩が多くなる。(固有名ではない)言葉がふえると、言葉を失うことになる。時間とともに伝わらなくなる。
Vietnam Veterans Memorialのサイトは、人名で検索できるようになっている。身元が判明した場合の登録もできる。
 

2015/08/03

東京より4度低い

秋田竿燈まつり初日。
19時半開始。

270本の竿燈が一斉に立ち上がる。そのさまは壮観だ。この世のものではないようだ。

8時半までの1時間、休憩を挟んで3回の演技。

「竿燈は倒れることがあります。注意しながら楽しんでください」と会場アナウンス。
観客もけっこう難しいことを強いられる。
幸い、目の前では起きなかったが、近くで倒れた。防止用のワイヤーが張られているので、いきなりバタッと倒れてはこない。

終了後、「ふれあい竿燈」で竿燈を持たせてもらった。50kgという数字以上に重い。バランスを取りながらはむずかしそう。

お盆が近づいている。

ソンタグの言葉

「意見というものの困った点は、私たちはそれに固着しがちだ、ということである」。

高橋源一郎の講演記録に出てくるソンタグの言葉。それを受けて、こう彼は続ける。
 自分の考えや意見を持てといわない人はいないですよね。何で「意見を持つことに気をつけよ」なんてことを考えるのでしょうか。ぼくたちは、二度と戦争のない世の中を作ろうと考える。原発のない社会を作ろうと考える。それはいい。しかし、それが自分の考えだと決めてしまったら、それ以外の考えから攻撃されたとき、自分の考えを守ることに専念することになるのです。そのとき、人はもう何も考えていません。自分の考えを守らなければならない、ということしか考えなくなる。思考停止になるのです。(略)意見は作らねばならず、しかし同時にその奴隷になってはならない。なかなか難しいですね。努力したいと思います。
図書』8月号から

「自分の意見」って自分の意見なんだろうか、「意見」って意見なんだろうかという気もするが、守りの体制になったら、守ることが優先してしまう、というのはわかる気がする。

2015/08/02

「小さいことですけど……」

武田双雲のインタビューから(東京新聞)。

名前は、こういうきっかけでも受容できるようになる。

字は形。
今朝の1面。
「海外軍事企業買収認める 政府方針「厳に抑制」解釈変更」検討。
どう変更するのか。「厳に抑制」(1977年の福田首相答弁)から「状況に応じ適切に判断」へ。軍事産業依存を図る。

フルネームで呼んでくれてありがとう

スティールの『 ステレオタイプの科学 』に、こんなエピソードが紹介されている。  ある伝説の英雄と同姓同名の人物に出会ったことで、研究上の疑問が解けたという話である。  シャーマン・ジェームズは、人種による健康格差の問題に取り組む公衆衛生研究者である。たとえば、アメリカの黒人は白...