2017/06/20

よくしたいからと「わが国」

芦原義信『街並みの美学』。どのページにも、しかも複数、「わが国」が出てきて、そのつど思考が止まっていたのだが、読み進むうちに、忌憚のない記述が、それを克服してくれた。

『街並み』は1978年の本。もう40年前。この間、かれの提案が実現されていたら、と思わずにはいられない。

本書は、街並みガイド、建物ガイドである。街並みや建物の見方を教えてくれる。その先には日本社会への提案がある。隣地との50cmを道路側にもっていき、両側で1m幅の前庭をつくる。前面道路を内部化する提案だ。巨大な公共空間は道路にじかに塀を建てない。少なくとも5m、10mは後退させる(塀はないに越したことはない)。彼が注目した六義園の金網付き煉瓦塀(刑務所のよう。せめて生垣に)や、小石川植物園の万代塀は、いまどうなっているのだろう。

つぎの提案は、袖看板類の禁止。アマゾンなど外資系ショップは袖看板がない。そのため通りすぎることもある。しかし、そのぶん、建物が映える。街並みが落ち着く。電柱の廃止、路上物(街灯やベンチ、案内板)の調和も提案されている。
「身近な小さなものからでも実践にうつすことを提唱したいと思うのである」。

芦原さんの発想の前提にあるのは、自分の家の外側までを内部と考えること、あるいは家を外部と考えること。二領域の空間を同視することである。それですぐ頭に浮かんだのが、階段の上り下りの矢印だ。家の階段につけているという人はいるのだろうか。つけざるをえない混雑ぶりはわかるが、上下矢印をつけない選択肢もありうる。人間の学習能力に期待する発想だ。時間はかかるかもしれないが、試してみたい実験ではある。



古書をアマゾンで買うと、最低でも250円する。古本屋では、それがアンカーになり、これよりも安いものが見つかると、買ってしまう。古書店に行く機会も増えた。芦原さんのこの本(同時代ライブラリー)は、正続2冊で210円。

フルネームで呼んでくれてありがとう

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