2013/11/24

「不」寛容社会

「約」や「ほぼ」が増えているような気がする。

電柱に「この地点は海抜3mです」看板。
車内に「50%の消費電力を削減できる見込みです」告知。
ほぼ3人に1人が買っています」広告。

算数で、誰もが有効桁数を勉強しているはず。

3mは「2.5m以上3.5m未満」。
3m=3.000000....mではない。
約50%と書くよりは5割。であれば、4.5割以上5.5割未満。
3人に1人だって、3人に「0.5人以上1.5人未満」。
もともと「約」付き数値、「ほぼ」付き数値。

「この地点は海抜3mです」の方が、「3人に1人が買っています」の方が「5割の消費電力を削減できる見込みです」の方がインパクトはある。

「写真はイメージです」。
この表示も見るたびにやり切れない気持ちになる。
写真はそもそもイメージだし、あたりはずれがあったって、少し違ったっていいじゃないか。「写真の通りではない」クレームへの対策なのだろうけど……。

遅れた理由の如何にかかわらず、流れる「お詫びします」のアナウンス。

過剰な丁寧表現。
「人」で十分なのに「方」。「しました」で十分なのに「させていただきました」。

不寛容社会は不理解社会。「非」でも「反」でもない。


フルネームで呼んでくれてありがとう

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