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2025/02/15

『崩壊する日本の公教育』

鈴木大裕さんの新刊

「おわりに」から

「真の自由とは、パンを選ぶことではない」
そう言ったのは2014年に96歳で亡くなった私の恩師、マキシン・グリーンだ。ユダヤ人として、そしてアメリカにおける女性教育哲学者の先駆けとして、彼女は自由のために闘い続けた人だった。多くのアメリカ人が、自分は生まれつき自由であると信じ込んでいることを、彼女は「悲劇」と呼んだ。

2025/02/11

「でも、もし嫌いだからといって下の名前も上の名字も

取り替えてしまったら、それでもわたしはわたしであり続けることができるのだろうか」。

と問うのは、森本あんりさん。以下は『魂の教育』から。

 生まれたときの名字は福島。5歳のとき、生母の病死で父親が再婚が再婚。子連れで森本家に入籍。祖父にはよく「おまえが嫌いだ」と吐き捨てるように言われ、何か気に触ることがあると「森本の家でそういうことをするな」と叱られた。「だからわたしは今でも自分の名字が嫌いだ」。それに続く一言が表題である。

 さて「あんり」。「どうしてそんな名前なのですか」、半世紀にわたって受け続けた質問だという。「男の名前にしては珍しいし、ひらがなで書くのはさらに珍しい」。

「自分の名前の由来を尋ねられるのは、あまり嬉しいことではない。プライバシーとまでは言わないが、本当のところはやや込み入った話になるので、初対面で誰にでも打ち明けられるようなことではない」。ふざけて、母方の祖父がフランス人でしてとか、聖書から取られたとか、と答えると、だいたい、納得するというからおかしい。もちろん、これらの理由は嘘である。名付けたのは父親。

 以下は、本人が直接聞かされた話である。

 出生時の届出は杏理。ところが名前に使える漢字の制限から、「杏」が登録できなかった。それでひらがなに書き換えたのだという。父の思い入れは相当で「世界一すばらしい名前だ」と言うばかりだった。杏という字は、当時流行した「崑崙越えて」から取られた。歌詞の一節「杏花咲け、荒野に血潮は燃えて」がルーツである。崑崙山脈の彼方にある桃源郷への憧れをうたった内容で、「努力して美しい花を咲かしてほしい」との願いが込められていた。同時に、冷静にことわりを追求する知性ももってほしい、その2字が杏理だった。

 聖書に杏は出てこないが、「あめんどう」すなわち「アーモンド」は何度か登場するらしい。アーモンドは痩せた土地でも見事な花を咲かせ、杏と同属である。そのことの意味を50歳目前の時点で著者は悟る。その経緯が最終章「運命と自由」で語られる。

自分の名前にはからずも織り込まれた「杏」(あめんどう)という字の正体が時を超えて姿を現し、わたしはようやく自分が自分になったことを悟った。自分の名前と折り合いをつけることができた。今でもあまり好きじゃないけれど、まあ仕方がな、残りの人生をそれでやってゆこうと覚悟を決めることができた。

 名前が再解釈された瞬間だった。

2025/01/22

「韓国人と名前、呼称」

 金 栄勲(キム・ヨンフン)2010『韓国人の作法』集英社 から適宜抜粋。

「韓国人と名前、呼称」
17 どうして韓国の女性は結婚しても苗字を変えないの?
 妻が夫の姓を名乗らない、いや名乗れないのは男女差別的な社会観念と慣習によるものである。しかし、韓国の歴史で女性の地位がいつも朝鮮時代と同じだったのではない。朝鮮時代前期までは財産相続、祭祀権限で差別はなかった。父系血縁は朝鮮時代後期に入ってから定着したものである。最近両親の姓を合わせて名乗るケースが増えている。例えば、金と朴を姓として合わせて名乗ることだ。こうした姓にする現象は、韓国社会で変化する女性の地位と関係していることでもあるといえよう。


22 どうして目上の人の名前を呼んではいけないの?
 理由は簡単である。名前を呼んだときに受ける社会的な圧力(長幼有序という儒教的倫理意識)のためである。基本的に自分より年上の人の名前は公式な場であれ非公式な場であれ呼ばないのが韓国人の慣習である。大体の場合、姓と職位を呼ぶが、金部長、姜教授などの後に「様」をつける。職位が分からないときは姓名前に「様」をつけたり、崔先生様と呼んだりするのが一番無難である。しかし、たとえば部下でありながら自分より年上の場合、どう呼べばいいのあろう。

28 どうして韓国人は赤い色で名前を書くのを避ける?
 韓国人がふだん赤い色で名前を書かないのは、死んだ人の名前を赤い色で書くからである。棺の上にかぶせる布の上に亡者の名前が赤い色で書かれる。亡くなった人の戸籍には赤い線が引かれる。名前と関連した赤い色は死を意味するのもので、生きている人の名前を赤い色で書くということは呪詛なのである。
 しかし、韓国文化で赤い色は死のみならず正反対の生命をも意味しているし、非常に多様な意味を持っている。

2024/12/08

奄美が舞台の4コマ連載漫画

ただの乙子(上野和夫さん)『クロちゃんのよりより島ライフ』。

朝、奄美新聞(左写真)で目にして、風葉感がいいなあと思いつつ(目にした回はススキが主役。風でゆらゆらしていたススキ。風が止んで一息かと思いきや、「することがないなあ」と一言)、その足であまみ庵に行くと、なんと、そのセレクションが入り口に置いてあった。すぐに出会えるとは思いもしなかった。作者の自費出版。206ページ、700円。

市内散策後、パン屋さん(サンドイッチカフェ奄美)で読み始めた。

2022年刊とあるので、続編は?と思い、調べたら、Kindle版が出ていた(全7巻、各32ページ、99円。Kindle Unlimited会員は無料)。ボリュームからすると、いま手にしている紙版を分冊にしたもののようだ。

ほしい人はまず奄美共同印刷か。ほかに連絡先がない。0997-52-9899。

一年ぶりの奄美。あたたかい。

***

追伸 ダウンロードしたKindle版は違う内容だった。全巻購入。

2024/11/02

『現代用語の基礎知識2025』

これが届くと、今年ももうおしまいという気分になる。その『現在用語の基礎知識』見本誌が届いた。

今年は「2024年のキーパーソン」で伊藤沙莉を(3ページ)、「世相・風俗」で上川発言(この方を私たち女性がうまずして……)と桐島聡の最期のことば(最期は本名で迎えたい)(201、202ページ)を担当した。

世相風俗観察会のもとで執筆するようになって何年になるのだろう。いまのところ、年中行事だ。

2024/06/26

名前を消す

名札を取って名前を消す。こんな場面を「私と先生とピアノ」*1 で目にした。

沖縄に上陸した米軍が、岩穴にいる住民や兵士に向け「無駄な抵抗をやめて出てきなさい。水も食料もちゃんと準備されています」と日本語でアナウンス。もはや逃げる場所はない。怯え切った人たちが穴から出て捕虜になっていく。しかし、「絶対に捕虜になるな」*2 と教えられてきたももちゃん(主人公の女子生徒、17歳)たちは穴から出ていけない。「捕虜になることは自分だけの問題ではない」と教えられてきたからだ。「自分が捕虜になると、親や親戚、学校にはずかしい思いをさせてしまう」。そのとき、ももちゃんの頭にうかんだのは、本名を消すことだった。「名前わかんないようにしないと」。ブラウスや持ち物にシャツに縫い付けられていた名札を剥ぎ取ったのである。

原作の『ももちゃんのピアノ』*3 には、偽名を使おうと思いついたとも書かれている。「私、上地百子はこの世にはいません。私はいまから比嘉よしこになります。あなたも名前を変えてしまいましょうよ」。

*1「私と先生とピアノ」NHK
https://www.nhk.jp/p/etv21c/ts/M2ZWLQ6RQP/episode/te/XMNM9G47LQ/
初回放送:2023年11月4日(なんどめかの再放送:2024年6月27日 Eテレ)
ディレクターは、原作者の柴田昌平さんが務めた。

*2 そう子どもたちに教えた西岡部長(校長)は、「もっとも安全な首里の軍司令部に避難するために参謀室付けになるウラ工作を必死になってやり」、生き延びた。戦後は東京学芸大学教授として教壇にたった(沖縄の雑誌『青い海』1979年8月号〈ひめゆり戦史ーいま問う、国家と教育〉。

*3『ももちゃんのピアノ:沖縄戦・ひめゆり学徒の物語』文:柴田昌平 絵:阿部 結(ぽぷら社)
音楽を生きる力に変えて、沖縄戦を生き抜いたひめゆり学徒のももちゃん。戦中・戦後を中心にその半生を描いたノンフィクション。

番組内で流れた曲:
・ワイマンの「銀波」https://youtu.be/vRkio6GSqDo?si=UdmHXgM55_qCiZWh
・ベートーヴェンの「月光」https://open.spotify.com/intl-ja/track/33TVnToVvIPyk1Pku7pi4n
・東風平(こちひら)恵位作曲の「別れの曲」:https://youtu.be/Wsn6KmgAP0w?si=yh6xBW4oPjq5XTV3
 解説:戦場に響く相思樹の歌(別れの曲)https://www.sousiju.com/


「ひめゆり」「改名」で検索したら、思わぬ文献がヒットした。

西原彰一(2022).  沖縄県女子師範学校・沖縄県立(第一) 高等女学校における女学生の「改名」 :女学生の「個」と「同化」 総研大文化科学研究 (18) (17)166-(48)135, 2022-03-31

2024/06/14

『卒業論文のデザイン』第2刷が出ました

第1刷からちょうど1年、『卒業論文のデザイン』の第2刷が出ました。講義や演習で使われるケースが多いとか。ありがたいです。この場を借りて、お礼申し上げます。

第2刷では、この間に改訂版が出たものの書誌情報を更新しました。具体的には、APAの論文作成マニュアルと宮本さんたちの『質問紙調査と心理測定尺度』を差し替えました。この1年の変化といえば、巻末付録にかかげた「社会心理学研究執筆要項」が廃止になったこともあげられます。実は、第1刷は同執筆要項の改訂を待ってホヤホヤの情報を載せたつもりで刊行したのですが、その1年後に要項自体が廃止の憂き目に。廃止の旨を一言添えました。

さて、次なる目標は改訂版です。が、実現しますかどうか。読者からは生成AIにふれてほしいとの声も。

2024/05/28

固有名詞が呼び起こす

徳永進 そうですね。若いころは夜中に亡くなった患者さんの解剖を一人で担当することもありました。淡々と「肝臓はこれ」「腎臓はこれ」と、物として解剖し、確認して、その後に縫うのですが、ご遺体に対する敬意が消えることはないんです。

 残酷と慈愛というか、相反する心情が両立するんですね。私が好きなのは、相反するものが両立せざるをえない状況かもしれません。

永田和宏 医学部の解剖とは、医学生に対して「人間はこんなふうにできていて、生命がいかに大事であるか」を教える一方で、「死ぬと人も物質になる」ことを実感させる場でもあ りますね。そういえば私の研究室の女子大学院生が、実験用のラットに一匹ずつ、ラボのメンバーの名前をつけていました。「今日、永田くんを殺しました」とか報告しにきていましたね(笑)。

徳永 凄くいいですね。私も最初に解剖したご遺体に、お名前をつけました。

永田 名前をつけると、見方や接し方が変わるんですよね。

徳永 固有名詞で呼ぶことは大事です。お子さんがいなくて、患者さんを奥さんが介護しているご夫婦がいましてね。大柄な患者さんで、訪問看護の看護師さんがオムツを替えるのも難しい。ある日、その奥さんが「シゲぽん、わかる?」と言ったんですって。シゲキさんというのが、患者さんのお名前だったんです。「奥さん、今シゲぽん、って呼びまし た?」と、看護師さんは思わず聞きかえした。そのとき「そうか、この人はシゲぽんなんだ」と思えて、急にいてあげたい、ケアをしてあげたいと思えたというんです。
 医療者のスイッチが入るか入らないかって、こんなふうにわずかなことなんですよ。だからなるべくスイッチが入るように、こちらも工夫するんです。患者さんへの触手をイソギンチャクのように増やそうと思ってね。

永田 触手の中でも言葉は大事ですね。

永田和宏・小池真理子・垣添忠生・小池 光・徳永 進 (2024) 『寄り添う言葉』集英社

一連の会話は永田宅で行われた。

2023/11/02

『現代用語の基礎知識 2024』

今年もそろそろ終わり、を告げる本の見本刷りが到着。今回も世相風俗観察会の一員として執筆に加わった。参加したのは巻頭の「2023年のキーパーソン」で、板垣李光人とリナ・サワヤマを担当。ふたりともジェンダーに囚われない点で共通する。板垣原稿では名前の由来に、サワヤマ原稿では心理学を専攻したことに、それぞれふれ、執筆者の顔を少し出した。

第一稿を仲間が推敲。その結果を参考に修正稿作成。それが編集部に行き、校閲。戻ってきた結果をふまえ最終稿完成。だから個人原稿というよりは集団の産物。脱稿から発行まで一ヶ月足らずという師走モード。走った、走った。

発売は明後日、11/4。まっかなカバーの山が書店に出現する。

2023/08/09

更新情報:『卒業論文のデザイン』+α

卒業論文のデザイン』読者のみなさんへ

 文中で紹介した文献の改訂版、読書案内向きの新刊が出ています。以下はそのご案内です。


▼p.16
「型を知り手本をまねる」最下行
『APA論文作成マニュアル第2版』→APA論文作成マニュアル第3版

▼p.29
「コラム6 」COVID-19特集号の追加
「実験社会心理学研究」(62巻2号

▼p.37
「質問紙の構成」【読書案内】
 宮本聡介…→髙橋尚也・宇井美代子・宮本聡介(2023)『心理調査と心理測定尺度:計画から実施・解析まで』サイエンス社

▼p.52
「オンライン調査の質問紙」【読書案内】の追加
【読書案内】
●山田一成(編)(2023)『ウェブ調査の基礎:実例で考える設計と管理』誠信書房

 ***

 ゼミで一括購入、質問紙調査はしないけど卒論の書き方ガイドとして使っている、修論の参考にもなるとの声が届いています。学生たちの力になれそうでホッとしています。

★付記
印刷用を作りました。
こちらをダウンロードしてください。

2023/07/30

『完全版 大恐慌の子どもたち』店頭に

 店頭に並ぶのは8月4日とのことです、『完全版 大恐慌の子どもたち』。

 40年前に訳した本が、バージョンアップしていよいよ発売。

2023/06/30

刊行の遅れ

 『大恐慌の子どもたち』、7月1日発行で作業が進んでいましたが、出版社の都合で8月後半にずれることになりました。刊行を楽しみにされていた方にはお詫び申し上げます。

 発行日は確定しだい、お知らせします。


2023/06/02

『大恐慌の子どもたち』完全版ができるまで


四十年前にみんな(女性の生活史研究会)で訳した『大恐慌の子どもたち』、装丁を変えながら、また日本語版序文が加わったりと版を重ねつつもながらく絶版のままでした。

ところが、新型コロナの流行による経済格差問題から、内外で、この本が取り上げられる機会が増え、再刊の話が出てきました。原著を確認すると、1999年に追補版(初版刊行25周年記念版)が出ている。であれば再刊ではなく、追補版を訳出しようと話が進みました。問題は当時のメンバーで訳せないことでした。本田さんと田代さんは亡くなり、池田さんと伊藤さんも多忙だったりして、結局残ったメンバーは私のみ。訳し直すことを決めていたので、訳出期間を短縮するため、助っ人を探すことに。で、加わってもらったのが岡林さん。本田さんの研究仲間です。

翻訳を開始したのは2021年11月。当初、翌年夏の脱稿を目指していましたが、予想外に時間がかかり、一次稿の完成は半年後。訳稿作成に1年。

前回は適宜本文に盛り込んでいた「原注」を全訳して「注」として独立させ、旧版で省略した付録C(恐慌状況の国家比較)、そして新たに加わった11章を掲載。そして判型を四六判からA5判に拡大。それにもかかわらず484ページ。

脱稿から校了まで、索引作成作業も含め、7、8回は読んだでしょうか。途中でへばるかと思いきや、消耗することなく校了にこぎつけました。今回、カバーのデザインにかかわれたのは予定外でした。おかげで本書の骨子を反映したものになりました。

早いところ、たとえば紀伊國屋書店新宿本店には6月29日に並ぶ予定です。シャボン玉カバーを頼りに手にとっていただければ幸いです。

まだAmazonでしか紹介されていないので、ここにリンクを張っておきます。

* * *

生活史は実は心理学を勉強したいと思った原点。しかし、きちんとした研究はできませんでした。翻訳はその代わり。

しばらく骨休めをしたいところですが、このあとちょっとした雑誌論文の執筆が待っています。おかげで無趣味の私でもなんとかなっています、老後生活。大恐慌の著者、エルダーも「名は体を表す」を地で行ってますね。いまなお仕事中。エルダーの名のとおり。

【おまけ】訳し終え、カバーのビニールがはげかかった原著近影。





2023/04/08

月末『卒業論文のデザイン』が書店に並びます


構想十年、執筆四年。本ブログの記事をふくらませて書いた本。『卒業論文のデザイン−質問紙調査による社会心理学研究』が、今月末、福村出版から出ます。

 このジャンルの後発組ですので、他の本と、二味とまではいきませんが、一味違う本に仕上げたいと思いながら書きました。その一つが卒論を相対視するきっかけに、と書いた「コラム」です。自分たちのやっていることを少し離れて考えてくれれば、との思いからですが、「卒論学」のようなものかもしれません。書きたかった(書いたもののボツにしたものも含め)トピックは、ほかにもあったのですが、今回は15点に抑えました。多いと、タイトルからますます乖離してしまうので。

【コラム】
 1 「単位」からみた卒業論文
 2 卒業論文の誕生
 3 ある社会心理学研究室の卒業論文
 4 ゼミと卒論
 5 ある社会心理学ゼミの卒業論文
 6 COVID-19と卒業論文
 7 社会心理学の発想
 8 啓発と質問紙調査
 9 回答者がいてこその質問紙調査
 10 「ソツロン」はスマホ型
 11 黒板から生まれたスプレッドシート
 12 引用文献の使われ方
 13 添削ハンコ
 14 卒論の評価基準
 15 卒論が決めた人生

【本文】
Ⅰ 卒論の準備
 卒論のリアル
 卒論が気になりだしたら
 教科書を読む
ⅠⅠ 研究の設計
 小さな研究のすすめ
 研究の手順
 研究テーマのさがし方
 型を知り手本をまねる
 リサーチ・クエスチョンを詰める
 研究法の選び方
 先行研究をさがす
 先行研究を読む
 翻訳サイトを使う
ⅠⅠⅠ 質問紙の作成
 場面としての質問紙調査
 質問紙の作成手順
 質問紙の構成
 設問の考え方
 選択式回答とデータ処理
 ワーディングのポイント
 設問の配列
 SD法を組み合わせる
 オンライン調査の質問紙
 インタビュー法を組み合わせる
 分析計画を考える
ⅠV 調査の実施
 調査対象者の人数
 オンライン調査サイト
 オンライン調査の手順
 オンライン調査の回答形式
 オンライン調査の回答データ
 調査研究と倫理的配慮
V 回答の分析
 統計ソフトの利用
 データ入力とスプレッドシート
 データチェックと単純集計
 尺度回答の処理
 数値回答の処理
 連関と相関でみる関係
 代表値比較でみる関係
 複数回答の分析
 評定回答のとりあつかい
 記述型回答の分析
VI 論文の執筆
 卒論の構成
 タイトルの付け方
 「はしがき」の書き方
 「もくじ」の作り方
 「問題」の書き方
 「方法」の書き方
 「回答者」という言葉
 「結果」の書き方
 図表の書式
 作図・作表の考え方
 図表の見本
 図表と本文をつなぐ
 「考察」の書き方
 引用と二次引用
 「引用文献」の作り方
 引用時のポイント
 引用文献の配列
 「要旨」の書き方
 付録の作り方
VII 文章の点検
 伝わる文章に
 気持ちのよい表現に
 すっきりした文章に
 推敲と校正
 提出前の最終チェック

 初めて書いた本、と言っても分担執筆ですが、それが44年前、福村出版から出した本でした。その後、同社からはもう一冊刊行。そこでは東京駅前と井の頭公園で撮った写真をカバーに使ってくれました。福村は思い出深い出版社です。

 今回の本、当初は絵本のような本を考えていたのですが(書名も『30分でわかる卒論の書きかた』みたいな)、けっきょく文章による説明が中心となってしまい、方向転換。でも、それではやはり寂しいと、担当編集者が各項目(節相当)の頭にウサギのイラストを入れてくれました。それをじっと見ているうちに、ウサギを(川浦ゼミの略称である)カワセミに変えたくなり、どうせなら、章の内容に合わせて変えたくなり、最終的に章ごとで異なるカワセミを項目タイトルに飾りたくなりました。それを叶えてくれたのは金子としこさん。横浜市大のときのゼミ生で、現在はイラストレーター。本当に卒論をやっているのではと錯覚するぐらいの出来栄えです。ぜひご覧ください。

***

 私が卒論を書いたのは半世紀前。当時の計算手段は電卓。これしかありませんでした。多変量分析など思いつくわけもありません。当時は因子分析を1週間かけて行ったという伝説が流れたほどですから。私が用いた研究法は実験法。そのデータに分散分析とカイ自乗検定を適用。岩原信九郎さんの『教育と心理のための推計学』を片手に計算。

 2年後の修士論文は因子分析での処理。東大の大型計算機センターのHITACで。プログラムは芝祐順先生お手製。著書『因子分析法』の巻末にあるソースリスト(FORTRAN)を打ち込んだパンチカードを貸してくれる人がいたのです。

***

 質問紙調査で卒論が書けるのはコンピュータが使えるからですね。そのことを本に書き忘れました。

 最後に。『卒業論文のデザイン』、手にとっていただければ幸いです。

2021/01/19

きょうも名前物件

 


 昨日、今日と森崎和江さんの『慶州は母の呼び声』を読んでいた。彼女は1927年生まれ。当時は日本の植民地だった韓国の大邱生まれ。1942年まで韓国在住。その間、慶州で学校生活を送った。

彼女はある日、父親の本箱の引き出しで二つ折りになった和紙を見つける。そこには命名の由来が書かれていた。1936年、9歳の時の話だ。

筆の字で、中央上部に、命名和江と書いてあった。下の方にすこし小さな字で、和はなごやかなるを望み、江は入江の静かで豊かなるを願う、とあった。あわてて閉めた。他人の秘密をのぞいたように恥じた。

命名の由来を知らないまま、あるいは名前を意識しないまま生きてきて、ある日、脈絡もなく、それを知る。命名の由来は親の秘密。それを目にしたのだから、さぞかし驚いたことだろう。

彼女の父親は朝鮮で教員をしていた。校長も務めた。彼女曰く「ヒューマニスト」。父親の教育方針は自由放任。「自由は、和江が正しいと思ったことはのびのびとやり通すこと、放任は親から言えば責任を手放すこと、和江からすると責任を引き受けること」と彼女に説いたような人だった。「朝鮮人は誇り高く、地道な人が多い」とも言っていた。

2021/01/15

「小英弁当」

政治家の自伝を読むのは、これが初めて。総統選前までのようすが書かれている。『蔡英文自伝』。こんな政治家がいま同じ空の下にいる。そして、蔡さんに託した台湾の民衆がいる。子ブタの貯金箱による小額(少額)献金のうねりがすごい。

さて原著の副題にある「小英弁当」の意味がようやくわかった(写真は2019年の運動時のもので当時のものではないが、こんな感じだったのだろう)。

政治資金パーティの方式を「小英弁当」のパーティ方式で行った。「小英弁当」は党の若い職員が考え出した可愛らしい献金方法だった。私の顔が印刷されたキャンパス地の弁当袋に、繰り返し使うことのできる弁当箱、そして一膳の箸が入っていた。弁当の材料は、ご当地の食材を使っていた。台南県でこのイベントを行ったときには9種類のおかずが入っていた。すべて県内各自治体の特産物。後壁地区のチャンピオン米、学甲地区のうなぎ、下営地区のガチョウ肉、白河地区の蓮の実ご飯、関帝廟のパイナップルスペアリブ、善化地区の鴨の卵、将軍地区のニンジンとカリフラワー、安平地区のエビ巻き、龍崎地区のフルーツ。竹炭の箸。

書いているうちに食べたくなってきた。

私たちの献金パーティ券は一枚一万元。しかしパーティではお酒も出ないし、流水席でもない。つまり一つの弁当が一万元。とても高い。

ある日のパーティで、一つのテーブルに10人が座っていた。計算すると、一テーブルで十万元。しかし、このテーブルの担当者が私に告げた。「主席、この十名の方々は百人を代表しているのです」。一人一万元では負担が重すぎる。だから話し合った末、一人千元ずつ出し、10人で一万元にしたというわけだ。その十人から一人が派遣され、「小英弁当」を食べにやって来たというわけだ。

本書にはデモの話が出てくる。「デモ行進や抗議はそもそも民主主義制度の一環」と。いま日本では、デモは違法と思っている人すらいるという。少なくとも社会の授業できちんと説明すべきだろう。デモは人権だと。

握手の話も出てくる、とここでは一言だけ(p.204)。

2021/01/13

「菜」と「英文」

蔡英文さんの自伝『蔡英文自伝』を読み始めた。ありがたいことに、冒頭から、名前に関する記述が出てきた。

その前に。

本書の副題は「台湾初の女性総統が歩んだ道」である。調べると、原題は『洋蔥炒蛋到小英便當:蔡英文的人生滋味』、『玉葱の卵炒めから小英弁当へ:蔡英文の人生の味わい』。案の定、女性云々はない。日本の現状に合わせた副題というわけだ。

表題にある「玉葱の卵炒め」とは父親の大好物。彼女に「唯一作ってくれた一皿」だという。玉葱は父親の故郷、屏東の特産品だ。「小英弁当」の意味は、読み始めた現時点ではまだわからない。

さて本題に入る。

■私は「菜」英文じゃない

小さい頃から私の名前、英文〔英語の意〕についてからかわれることがあった。私の英語がひどいのは先天的なものか、それとも後天的なものなのかと言うのだ。以前に一度、英文という自分の名前が良くないから、自分の英語がこんなにひどいのかもと疑ったことさえあった。

彼女の名前は「蔡瀛文」となるはずだった。ところが、「瀛」は画数が多くて書くのが大変、と父親が言って、音が近い「英」という字になった。

まだ英語が苦手だった中高校生時代、同級生は彼女の名前「蔡」と同じ読みの「菜」〔へたくその意〕を引っ掛け、菜英文とからかった。

彼女の英語力は大学入学後、「メキメキ上達」。「菜」英文から抜け出した。台湾大学卒業後、コーネル大学修士課程を経て、ロンドンスクールオブエコノミクスで法学博士を取得する。

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結局、蔡さんの英語力は名前どおりになった。いい名前だ。

2021/01/01

年末年始おすすめ本(河出書房新社有志)

 ■14キロ痩せに成功した本からジャンプコミックスまで。本読み河出スタッフが選んだ、2020年の本(他社本もあるよ!)
河出書房新社社員有志

……から「気になる」本を抜粋。既読本もカット。

リン・エンライト 小澤身和子訳『これからのヴァギナの話をしよう』(河出書房新社)ブックデザインも魅力的。

國分功一郎、熊谷晋一郎『〈責任〉の生成—中動態と当事者研究』

宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)

デイヴ・アスプリー『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』(ダイヤモンド社)

春日武彦『援助者必携 はじめての精神科 第3版』(医学書院)

サラ・クロッサン 最果タヒ、金原瑞人訳『わたしの全てのわたしたち』(ハーパーコリンズ・ ジャパン)造本も美しい

ジョゼ・サラマーゴ 雨沢 泰訳『白の闇』(河出文庫)

柚月裕子『暴虎の牙』(KADOKAWA)

谷川俊太郎、岡野大嗣、木下龍也『今日は誰にも愛されたかった』(ナナロク社)

グラフィック社編集部『デザインのひきだし41 特集:写真と図解でよくわかる製本大図鑑』(グラフィック社)

平川克美『株式会社の世界史「病理」と「戦争」の500年』(東洋経済新報社)

熊谷晋一郎『わたしの身体はままならない 〈障害者のリアルに迫るゼミ〉 特別講義』(河出書房新社)

山本貴光『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』(本の雑誌社)

中村高寛『ヨコハマメリー』(河出文庫)

植本一子『個人的な三月 コロナジャーナル』(自費出版)

清田隆之『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)

2020/12/14

コロナと大恐慌

コロナ禍が世界大恐慌とダブるのか、34年前に共訳した『大恐慌の子どもたち』が読まれているらしい。原著は1974年刊。この本の存在を教えてくれたのは指導教員だった辻正三先生。「君、これ関心あるだろう」と貸してくれた。うれしかった。

訳書は、その後、新版、新装版と版を繰り返し(新版では訳者あとがきが更新された、本文は変わっていない)、今は品切れ状態。

Twitterで検索すると、ピーター・バラカンさんが番組で取り上げてくれたようだ。いろいろな情報から推測するに、5月30日の「ウィークエンドサンシャイン」あたりか。どんなふうに紹介してくれたのか気になるが、確かめようがない。

いずれにしても、大昔に訳した本が、こうして日の目を見るとは思いもしなかった。当時、大著だったこともあって翻訳物は売れないからと受けてくれる出版社がなく、ようやく引き受けてくれたのが明石書店だった。印税は現物支給。いまとなっては、いい思い出だ。と思うようにしている。

原著はその後、刊行25周年記念版が出ている。一章分が追加になっている。前書きも。書き手はブロンフェンブレンナー。生態心理学の泰斗。彼の存在を教えてくれたのは学部時代の指導教員、磯貝芳郎先生だった。彼の来日講演も企画した。

2020/12/13

コロナ渦中のブックガイド

集英社インターナショナルのサイト「コロナブルーを乗り越える本」。

読みたい本がたくさんある。掲載原稿は到着順とのこと。それで行くと一番早かったのが阿古智子(あこともこ)さん。ラストが佐々涼子さん。本はそれぞれ、『衛生と近代―ペスト流行にみる東アジアの統治・医療・社会』と『コロナの時代の僕ら』。

 全部読み終わるころにはコロナが収まっていそう。