徳永進 そうですね。若いころは夜中に亡くなった患者さんの解剖を一人で担当することもありました。淡々と「肝臓はこれ」「腎臓はこれ」と、物として解剖し、確認して、その後に縫うのですが、ご遺体に対する敬意が消えることはないんです。
残酷と慈愛というか、相反する心情が両立するんですね。私が好きなのは、相反するものが両立せざるをえない状況かもしれません。
永田和宏 医学部の解剖とは、医学生に対して「人間はこんなふうにできていて、生命がいかに大事であるか」を教える一方で、「死ぬと人も物質になる」ことを実感させる場でもあ りますね。そういえば私の研究室の女子大学院生が、実験用のラットに一匹ずつ、ラボのメンバーの名前をつけていました。「今日、永田くんを殺しました」とか報告しにきていましたね(笑)。
徳永 凄くいいですね。私も最初に解剖したご遺体に、お名前をつけました。
永田 名前をつけると、見方や接し方が変わるんですよね。
徳永 固有名詞で呼ぶことは大事です。お子さんがいなくて、患者さんを奥さんが介護しているご夫婦がいましてね。大柄な患者さんで、訪問看護の看護師さんがオムツを替えるのも難しい。ある日、その奥さんが「シゲぽん、わかる?」と言ったんですって。シゲキさんというのが、患者さんのお名前だったんです。「奥さん、今シゲぽん、って呼びまし た?」と、看護師さんは思わず聞きかえした。そのとき「そうか、この人はシゲぽんなんだ」と思えて、急にいてあげたい、ケアをしてあげたいと思えたというんです。
医療者のスイッチが入るか入らないかって、こんなふうにわずかなことなんですよ。だからなるべくスイッチが入るように、こちらも工夫するんです。患者さんへの触手をイソギンチャクのように増やそうと思ってね。
永田 触手の中でも言葉は大事ですね。
永田和宏・小池真理子・垣添忠生・小池 光・徳永 進 (2024) 『寄り添う言葉』集英社
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一連の会話は永田宅で行われた。