2021/01/19

きょうも名前物件

 


 昨日、今日と森崎和江さんの『慶州は母の呼び声』を読んでいた。彼女は1927年生まれ。当時は日本の植民地だった韓国の大邱生まれ。1942年まで韓国在住。その間、慶州で学校生活を送った。

彼女はある日、父親の本箱の引き出しで二つ折りになった和紙を見つける。そこには命名の由来が書かれていた。1936年、9歳の時の話だ。

筆の字で、中央上部に、命名和江と書いてあった。下の方にすこし小さな字で、和はなごやかなるを望み、江は入江の静かで豊かなるを願う、とあった。あわてて閉めた。他人の秘密をのぞいたように恥じた。

命名の由来を知らないまま、あるいは名前を意識しないまま生きてきて、ある日、脈絡もなく、それを知る。命名の由来は親の秘密。それを目にしたのだから、さぞかし驚いたことだろう。

彼女の父親は朝鮮で教員をしていた。校長も務めた。彼女曰く「ヒューマニスト」。父親の教育方針は自由放任。「自由は、和江が正しいと思ったことはのびのびとやり通すこと、放任は親から言えば責任を手放すこと、和江からすると責任を引き受けること」と彼女に説いたような人だった。「朝鮮人は誇り高く、地道な人が多い」とも言っていた。