同僚が教えてくれた。私の名前がオートコレクト機能で「Dorito」に直されてしまい、危うくメールで私のことをトルティア・チップスと呼んでしまうところだったと。正直、何と言えばいいのか分からなかった。私の名前は、「Dhruti」(ドルーティ)だ。「ドリトス」ではない。
名前は、自分のアイデンティティにとって特に大事な部分だ。なので職場で名前を間違えられると、非常にイライラしがちだ。
少なくとも今回の件は、「ダーティ」(汚い)と言い間違えたり、「Druhti」と書き間違えたりされるよりはマシだった。でも返す言葉が見つからなかったことを、私は何日も気にしてしまった。
というのも、名前を間違えると、全員が気まずい雰囲気になるからだ。指摘する? それとも受け流す? もし相手が何カ月たっても、何度指摘しても、一向に正しく覚えてくれなかったら? 法的に名前を変えるしかないの?
大変な思いをしているのは明らかに、私だけではない。
ナナ・マーフォさんが公務員だった当時、本人の意志に反して非公式に改名させられた。気管切開をしていたため、ただでさえ目立つ存在だったナナさんを、正しく呼ぶ同僚もいたが、ほとんどは「ナンドス」(Nandos)と呼んだ。ちなみに「ナンドス」(Nando's)とはイギリスで有名な鶏肉グリル料理のチェーンだ。
ナナさんは3年間、自分の名前は「ナンドス」ではないと言い続け、直してもらおうとした。
「でもある日、お客さんがうちの部署に来て、私を『ナンドス』と呼び始めたんです。なぜそう呼ぶのかと聞くと、初訪問の時に私の同僚がそう発音していたからだと。その時点でもう、自分の名前はそうじゃないと訂正し続けるのを止めました。以来、『ナンドス』があだ名です」
ナナさんは、諦めるしかないと感じたのだ。
「管理職に言ってなんとかなるものではないと」
私の名前を呼んで
電子メールも危険領域だ。
ネフラ・ジャーメインさんは、かつて民間企業で働いていた。イギリスの職場ではファーストネームで呼び合うのが普通で、メールでは必ず文末をファーストネームで結んでいたが(編注:今の時代に英語メールを姓だけで結ぶのは非常に珍しい)、それでも彼女の姓と名を間違える人は大勢いた。
「まるで、人の脳みそは変わった名前を処理できないので、どうにかして自分にとって普通なものに変えようとするみたいです。よりによって、本人に向かって訂正してきたり」とネフラさんは話す。
では、職場でのこうした困った事態に、どう対処すべきなのか。
著述家で経営心理学者のビンナ・カンドーラさんも、しばしば名前を間違えられてきた。
「米ラスヴェガスでの会議で講演したのですが、そこで私はピニャ・コラーダと紹介されました」
「なので、立ち上がりこう言いました。『私の名前はビンナ・カンドーラ。ピニャ・コラーダは父の名前です』。こちらの言いたいことは、相手に伝わったと思いたいです。時にはユーモアで返すのが一番いい」
カンドーラさんはこう提案する。名前を間違えられたら、その場ですぐに訂正する。また会議中なら、誰かが名前を間違えるたびに、仕事仲間に協力してもらい、正しい名前で呼んでもらう。
カンドーラさんはまた、一度だけの間違いなら謝ってもらい、訂正し、全員で次の話題に移るべきだと言う。
敬意を
ソーレル・シャレットさんは、エネルギー関連企業スマート・エナジーGBの人事責任者だ。「自己紹介すると、大抵は『いえ、いいんですよ』と言われます。ソーレルと言ったのを、相手は『ソーリー』と謝ったと聞き間違えて」。
「普段はあまり気になりませんが、正しく発音できるよう、『私の名前はコーラル(サンゴ)と韻を踏むんです』と説明することもあります。一般的な単語で韻を踏んで説明すると、たいてい効きます」
「もし職場で誰かがいつまでも名前を間違え続けるなら、その人に指摘します。間違いに気づいていない可能性が高いので」
前述のナナさんは相手に面と向かってそう言うのをためらうが、ソーレルさんは「上司か人事の誰かに相談して、自分の代わりに相手に軽く伝えてもらうこともできる」と言う。
モンセラット・ペイドロ=インサさんの名前はスペイン・カタルーニャでは一般的だが、それでも奇妙な変形を遂げることがある。「最悪だったのは、アメリカのお客さんに名前を『モンスター・ラット』と間違われた時です。このお客さんは、いまだに何のためらいもなく私をそう呼びます」。
「なぜか日本人で私の名前を間違える人はいません。正直言うと、一番面白い間違い方をするのは必ず英語圏の人たちで、特にアメリカ人とイギリス人です」
確かに私の経験でもそうだ。同じように、私の名前を間違えたり、社内にいる別のアジア系女性とごっちゃにしたりするのも大抵、イギリス人かアメリカ人なので、いらいらする。
いらいらするだけではない。イギリスにおける人種的偏見を調査するため英紙ガーディアンが行った最近の世論調査によると、イギリスで少数民族の背景を持つ人の57%が、この国で成功するには自分の出自の分だけ一層努力しなくてはならないと感じると答えた。一方、世界規模の複数調査によると、少数民族の中には、成功するには名前を英語名に変えるなどして、履歴書を「白人化」する必要があったことが明らかになった。
面と向かって
名前が発音しやすいかどうかはともかく、あるいは自分の国で特に珍しい名前かどうかとも関係なく、名前を間違えられた経験は、どうやら誰にでもあるようだ。
では、正しい名前で呼んでもらうためには、いったいどうすればいいのか。相手にひどい恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれないのに。
カナダ・トロント在住のサイモン・ヒューイットさんは、自ら面と向かって対応した。「私をスティーヴと5年間呼び続けた同僚がいたんです。ある日、エレベーターに乗るとその同僚と2人きりでした。同僚は『おはよう、スティーヴ』と言うので、私はわざと周りを見回しました」。
「それで言ったんです。『僕の名前がサイモンだって知ってるよね?』。同僚は、呆気にとられた顔をした後、笑い飛ばし、次のフロアで降りて行きました。それ以降、この同僚は私を避けるようになりました」
役に立つ解決法
名前を間違えられたらその場ですぐに訂正する
会議中は仕事仲間にあなたの名前を呼んでもらい、正しい名前を認識するよう協力してもらう
相手の名前の正しい発音法を聞く。相手に教えてもらおう
間違えたら謝る
ビンナ・カンドーラさんは、切り出しやすい話題ではないと認める。
「名前の間違いは、ささいなことだと思われがちです。取るに足らないと考えます。文句を言う側に問題があると思われてしまう。ユーモアのセンスがないとか、面倒な人だとか」
けれども、あなたの名前を間違い続ける人は、「あなたのアイデンティティの重要な部分を奪っている」のだと、ビンナさんは言う。
「それは相手が、自分の世界においてあなたなど大した存在ではない、あなたの名前を正しく書こうと意識するほどの価値があなたにはないと、そう言っているのに等しい」
組織がこのような状況にどう対応するか、その態度にその組織のあり方が表れるとビンナさんは言う。「名前を間違われる側にとって、それはどういうことなのか、理解してもらう必要がある。教育が必要なのです」。
オートコレクトはなぜ間違う
この記事を書くきっかけとなったのが、冒頭で紹介したオートコレクトのミスだったので、オートコレクトの開発者に連絡を取ってみた。マイクロソフトが特許を持つこの機能の発明者、ディーン・ハチャモヴィッチさんは、自分が世に解き放った「便利な技術」をどう思っているのか。
ディーンさんは、オートコレクトの謎を少しだけ解明してくれた。
「オートコレクトは、大文字の単語を優先する傾向があります」
とは言え、なぜ私がドリトスになりかけたのか、ディーンさんには確証はないようだった。それでも、「どうしたらいいかは分からないけど、とにかく謝ります。特に誰かをドリトスと呼んでしまったのなら」。
とりあえず私としては、無線通話用のアルファベットがひたすらありがたい。私の名前は、デルタの「D」、ホテルの「H」、ロミオの「R」、ユニフォームの「U」、タンゴの「T」、インドの「I」。発音は「Dhroo-thee」。
(Dhruti Shahのツイッター・アカウントは@dhrutishah)