2020/08/05

他人とは思えなくて

 上毛新聞 20200805

 「キウチ・シズコ」。

 テレビで伝えられた日航ジャンボ機墜落事故の犠牲者の少女は、自分と同姓同名、同い年だった。そんな不思議な縁から他人と思えず、遺族と交流を続けてきた。東京都港区の木内志津子さん(52)だ。4日、初めて事故現場となった群馬県の御巣鷹の尾根(上野村)に登り、慰霊登山を果たした。墓標を前に「35年分の思い」を込め、祈りをささげた。

 35年前(1985年8月12日)、当時17歳だった志津子さんは都内の自宅で受験勉強中に、事故を知った。犠牲になったのは大阪府の高校生、木内静子さん(当時17歳)。友人と神奈川県内を旅行し、帰る途中だった。ニュースの字幕を見て、志津子さんは眠れないほど動揺したという。

 「人生を歩みたくても歩めなかった同い年の女の子がいた」―。毎年の命日には手を合わせて祈り、事故の写真展も見に行った。ずっと静子さんや家族のことが心に引っ掛かっていた。

(略)

 「落ち込んだとき、めそめそしたとき、静子さんの存在がいつもそばにありました。静子さんの分まで強く生きていきたい」。


 名前が同じ。さらに年まで同じ。もしかしたら自分だったかもしれない。「動揺」はいかばかりか。静子さんの家族が志津子さんのもうひとつの家族になっている。