JRの運行休止が長引くことがわかった時点で、食事が用意された。コンビニで調達したのかと思ったら、今日、生協で開かれる予定だった送別会が取りやめになり、その料理を転用したのだという。食事しながら、防災研究家の同僚が、いろいろ解説してくれた。春休みで、学内にいた学生も少なく、残されたのは200名弱。帰れない人は学内に泊まることになり、その点呼が始まる前に、弟が車で駆けつけてくれ、なんとか帰宅できることになった。甲州街道は歩く人の列が絶えない。なかにはヘルメット姿の人もいる。
家に帰ると、子どもがおにぎりを用意してくれていた。妻は職場で泊まることになった。
時間とともに、惨状が判明していく。
★「3月11日午後2時46分頃に、三陸沖を震源とする強い地震がありました」
★「3月11日午後2時46分頃に、三陸沖を震源とする強い地震がありました」