(「机辺」1965年、60歳)
確かに、せかせか掃除のあとはせかせか空気が漂う。きっと、それなりの手がかりがあるはずだが、詮索してもしようがない。
子の結婚。親御さんにはつい「寂しくなりますね」と言ってしまうが、その人の気持ちに必ずしも沿っていないようだ。
式当日、見違えるようにきれいになって、化粧室から来た娘を見たら、「この子にどれだけのことをしてやったか、産んでこのかたどれほどの愛情なり誠意なりを持ったか。ずいぶん勝手に暮してきた親じゃないか」といった思いがあり、わびたさで気持がくずれこんだ。こちらも新しい紋つきを着ていて、それがなまじっかからだばかりをきちんとさせていて、つらかった。娘の結婚の日は、母親がすなおになって、つらくわびる日なのだと思った。
(「はなむけ」1959年、55歳)
幸田文『しつけ帖』より。
いいなと思ったら、クラフト・エヴィング商會の装丁だった。