2013/02/11

幸田文

「あまり手早にせかせかとしあげた掃除は、たとえ掃除そのものに手落ちはなくても、先ずおよそは父の不機嫌をかうということである。掃除したあとに、せかせかした空気が漂っていて、あたかも塵が浮遊しているような、静まらなさがあり、これが父に抵抗を感じさせるらしかった」。
(「机辺」1965年、60歳)

確かに、せかせか掃除のあとはせかせか空気が漂う。きっと、それなりの手がかりがあるはずだが、詮索してもしようがない。

子の結婚。親御さんにはつい「寂しくなりますね」と言ってしまうが、その人の気持ちに必ずしも沿っていないようだ。
式当日、見違えるようにきれいになって、化粧室から来た娘を見たら、「この子にどれだけのことをしてやったか、産んでこのかたどれほどの愛情なり誠意なりを持ったか。ずいぶん勝手に暮してきた親じゃないか」といった思いがあり、わびたさで気持がくずれこんだ。こちらも新しい紋つきを着ていて、それがなまじっかからだばかりをきちんとさせていて、つらかった。娘の結婚の日は、母親がすなおになって、つらくわびる日なのだと思った。 
(「はなむけ」1959年、55歳)

幸田文『しつけ帖』より。

いいなと思ったら、クラフト・エヴィング商會の装丁だった。