東京新聞の1面コラム「筆洗」。
2013年10月22日
子どもに「正直」と名付けたとする。その子が正直な大人になるかは分からないが、自分の名前である以上、正直かどうかを気にする人間にはなるだろう▼劇作家マキノノゾミさんの『東京原子核クラブ』は物理学者の朝永振一郎さんをモデルにした人物の若き日を描く。舞台は一九三二(昭和七)年七月の東京・本郷の下宿屋だ▼朝永さんの『量子力学と私』でも弱気な性格がうかがえるが、主人公の「友田晋一郎」は実に愚痴っぽい。勤務する研究所のレベルに「ついていけそうもない」「歯が立ちそうにもありませんわ」と、しばしば嘆く。それを慰める下宿仲間が楽しい▼六五年十月二十一日、朝永さんのノーベル物理学賞受賞が、決定した。二〇一三年の同じ日(現地時間)、国連が核兵器の非人道性と不使用に関する共同声明を発表する見通しになっている。日本もやっと署名する。二十一日の署名はまだ確定していないが、同じ日に重なれば、うれしい偶然となる▼署名で、朝永さんが訴えた核兵器使用の永久、無条件放棄に日本政府もやっと歩調を合わせる。表現が弱そうなことや、過去の日本の対応には不満も残るが、署名で政府も向かうべき道を強く意識する。「正直」の名をもらった子のようになる▼実在の下宿屋は「平和館」という。思い出の名は朝永さんの頭の中にずっと残っていたに違いない。
2013/10/22
フルネームで呼んでくれてありがとう
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