名前は与えられるもの。
だが、自分で付けるチャンスがない訳ではない。
戒名だ。
島田裕巳『戒名は、自分で決める』。
巻頭に戒名の作り方が載っている。
戒名は日本だけの習慣らしい。
ランクもある戒名。
「戒名に納得している人はいったいどれだけいるのだろうか」。
「宗教には、現実を肯定し、正当化する側面と、現実に疑問を投げかけ、それを批判する側面の二つがあり、その両者をともに含み込まなければ、宗教としての機能を十分には果たせないのである」。
「戒名問題を解決した仏教」が求められている。
人間も生物のひとつと考えると、あの世でも個を強調するようなシステムは死を受け入れがたくしているのかもしれない。
死後があるのは残された側。戒名は、亡くなったことを意識させる手がかりかもしれないが、覚えられない。使うチャンスもないし。