17年にわたって、NHKテレビ「視点・論点」で話した48回の原稿、別の論考3本が元になっている。3.11後の最初の回「一日を見つめる」の直前に、「詩五編」のセクションがある。その最初が「人はじぶんの名を」、詩集『詩の樹の下で』からの一編だ。この年の5月、NHKの番組で朗読されたらしい。
人はじぶんの名を
二〇一一年三月一一日午後、突然、太平洋岸、東北日本を襲った大地震が引き起こした激越な大津波は、海辺の人びとの日々のありようをいっぺんにばらばらにした。
そうして、一度にすべてを失われた時間のなかに、にわかにおどろくべき数の死者たちを置き去りにし、信じがたい数の行方不明の人たちを、思い出も何もなくした幻の風景のなかに打っちゃったきりにした。
昨日は一万一一一一人、今日は一万一〇一九人。まだ見つからない人の数だ。それでも毎日、瓦礫の下から見いだされた行方不明の人たちが、一日に百人近く、じぶんの名を取りもどして、やっと一人の人としての死を死んでゆく。
ようやく見いだされた、ずっと不明だった人たちは、悔しさのあまりに、誰もが両の手を堅い拳にして、ぎゅっと握りしめていた。
人はみずからその名を生きる存在なのである。じぶんの名を取りもどすことができないかぎり、人は死ぬことができないのだ。大津波が奪い去った海辺の町々の、行方不明の人たちの数を刻む、毎朝の新聞の数字は、ただ黙って、そう語り続けるだろう。昨日は一万一〇一九人。今日は一万八〇八人。
(二〇一一年五月三日朝に記す)
ボクが名前インタビューを始めたときの気持ちに近い。
最後の出演 2013年07月10日 「季節とともに考える」
追悼 2015年05月26日「詩人・長田弘さんからの贈り物」(落合恵子)
最後の出演 2013年07月10日 「季節とともに考える」
追悼 2015年05月26日「詩人・長田弘さんからの贈り物」(落合恵子)
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「イツカ、向コウデ」も、彼が亡くなったいま読むと、たまらなく切ない(『死者の贈り物』所収)。