2019/07/18

人生は歴史になる

「あじいる」第3号が出た。発行元はあしあとプロジェクト
今回は一冊まるごと原沢さん特集。メインは彼への聞き書き。

ちばん長かった仕事が新聞配達。どの世界にも固有の文化や文法があるものだが、新聞配達の順路符号というのを初めて知った。どの家も四角であれば迷わないが、そうとは限らない。ある家の裏の家には「ウラ」という記号。

沢さんは1947年、北海道生まれ。高校時代、レスリング部にいた。その高校はレスリングの強豪校。
やっぱり強さは顧問によるんだな。俺らの時代の顧問は中央大学出身だったから、先生方同士のライバル関係が強かった。「あの高校だけには負けるな」って言ってたね。
イバル校が顧問の出身校で決まるとは(笑)。
俺の成績はさ、これは自慢になっちゃうんだけど(笑)1年、2年、3年と、インターハイも国体も俺に勝ったやつは全員、インターハイで優勝した。
もしろい自慢だ。これなら俺にもできそう。やがて東京へ。
新聞の購読率は今3割何分でしょ(1960年代後半)。当時はだいたい8割ぐらいあったんだから。自分の家もないし飯もない、という「ないない」のやつが勤めるところはその当時、牛乳屋か新聞屋、あとパチンコ屋だった。
読率が8割の時代があった、とは信じられない。原沢さんはいま山谷に住む。

これによれば、中央大学は5位。