2020/03/23

アートと「障害者」

 ねむの木学園を1968年に設立した、宮城まり子さんが亡くなった。93歳だった。

 学園名にあるネムノキ。ネムノキの由来はこんな特徴から(ウィキペディア)。
ネムノキは、夜になると葉が合わさって閉じて眠るように見えることに由来する。漢字名の「合歓木」は、中国においてネムノキが夫婦円満の象徴とされていることから付けられたものである。
沿革にこうある。
最初の名前は「2人で、泣いている子にやさしくしようね」と亡くなった弟と約束していたのを思い出し「きょうだい学園」としたが、公私は別ねと、「ねむの木学園」に変更する。
以下は、ねむの木学園における美術関係のできごとの抜粋。

 1976年12月 初の美術展「ねむの木のこどもたちとまり子美術展」を、東京・東急百貨店で開催。以後継続。

 1998年5月 吉行淳之介文学館、ねむの木美術館開館。

 2005年8月 ねむの木新美術館地鎮祭。

 2006年4月 新ねむの木こども美術館の屋根銅板曲げ加工。 3,000枚もの銅板をこどもたちが、藤森照信先生や宮城まり子といっしょに根気強く一枚ずつ手で曲げる。
 2006年6月 新ねむの木こども美術館の芝棟作り。蒸し暑いなか、宮城まり子に見守られ、藤森照信先生や南伸坊氏や赤瀬川原平氏らとともに、こどもたち集中して取り組む。
 2006年11月 新美術館へ壁画制作。外壁にこどもたちが同じテーマで自由に絵を描く(3月、4月にも描く)。

 2007年4月 新ねむの木こども美術館(どんぐり)開館。ねむの木として3つ目、ねむの木村では2つ目のこども美術館を開館する。
 2007年6月 NHK新日曜美術館に、ねむの木こども美術館がとりあげられる。評判を呼び、再放送、再々放送。この放送で県外からの来館者が増える。※ボクもこれで知った。

 園内には、本館「どんぐり」(設計は藤森+内田祥士)に加え、「緑の中」という別館があり、こちらは坂茂の設計。



 鹿児島市に「しょうぶ学園」という知的障害者施設がある(1973年設立)。中に工房があり、ここも日曜美術館で、2017年に取り上げられた。昨年あたりから、ここでの作品が東京でも販売を始めた。
 この2月、鹿児島に行った折、駆け足で寄ってきた。園内すべてが美術館。そこにいるだけでアートのシャワー。敷地の真ん中あたりにある仕切りの中には、ロバと、こちらを見つめるひつじがいた。どう見えてるのかな?

 お昼に食べた信州蕎麦は絶品。



 コロナウイルス19が落ち着いたら行きたい、ねむの木学園。