俳人、中村汀女の本名は破魔子だった。以下は、彼女の自伝『汀女自画像』(主婦の友社)からの引用。
「改名」
私は自分のことを「はま子」と書いて来たが、父がつけてくれた名は、「破魔」である。丈夫に育て、強くあれとの意味だというのだが、女学校に入っていよいよ当惑した。「破」はともかくも「魔」という字は、いくらはじめから気をつけて書いても、長くなっておさまりにくい。
そこへ決定的な事件(?)が起こった。学芸会の展示室にての、私の何かを見つけて、上級生の二、三が言っていた。
「あら、おそろしい名前」という声が聞こえた。私はそれきりに、やむなきときのほかは、「濱子」「はま子」と書くことにしたのである。
それにしても、これから何年かのあとになるのだが、「汀女」ということの、書きやすいこと、画の少なさは比較にならないのである。
中村汀女は、1900(明治33)年、熊本市生まれ。破魔子と名付けた父親、平四郎は地主で村長を務めている。破魔という名前であれば、悪魔もよりつかない。
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毎日新聞 2021.1.14
「文学碑の散歩道/16 羽根木公園の句碑-中村汀女 感動的な月夜を詠む 転勤族ならではの句も/東京」