2023/05/07

石と道

 


挿画は林武の「うつむく女」1953。梯久美子さんの著書『この父ありて:娘たちの歳月』の最後に登場するのは、石牟礼道子。そのなかに名前の話が出てくる。
いまひとつ思ったのは、吉田姓(※旧姓。出生時、父親が入籍していなかったため、母親姓)であるよりも石牟礼を名乗った方が、ペンネームのようで面白い。石という字はわたしには因縁がある。石の群れというイメージには哲学的にもたいへん深みがある。群れるというのは村の始まりだろうし、水俣の山の上には、石飛という村もある。/父は並々ならず石を尊敬していたから、石牟礼弘という弟の友人と式を挙げることになった(自伝『葭(よし)の渚』からの引用、若干追加)。 
道子が結婚したのは二十歳のときである。結婚には気が進まなかったが、終戦直後の貧しい暮らしの中、家族のためを思って決心したという。 
晩年に受けた取材で彼女は、そもそも結婚したのは名前にひかれたからだったと語っている。嫁ぎ先が、父の誇りであった「石」という文字を姓に持つ家であったことを、心のよりどころとした部分があったのだろうか。
彼女の父親は白石亀太郎、吉田組の石工で、かつ道造りの名人だった。本人の命名の由来に関する記述もある。
吉田家の住まいは現水俣市にあり、道子が天草で生まれたのは、吉田組がこの地で道路工事を請け負っていたためだ。道子という名は、工事の成功を祈ってつけられた。「赤児の名は道路の完成を予祝して、道子と命名された」(『葭(よし)の渚』)。

自伝『葭(よし)の渚』にはこんなくだりがある。祖父、松太郎の言である。
「道というものは、人それぞれのゆく手を定めるものぞ。心しておかねばならん。どういう未来が見えるか。足もとの用心をわれわれはつくっておかねばならん。人さまとの縁がつながってこそ、道というものは生まれる」

フルネームで呼んでくれてありがとう

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