日野原さんの人生についてわたしが知っていることは、もっぱら聖路加(セイルカ)国際病院の院長以後のことで、おいたちについてはまったく知らなかった。
1911(明治44)年10月4日、6人きょうだいの3番目、次男として誕生。父親はキリスト教牧師の日野原善輔、母親は山口藩士の娘、満子。「生まれ故郷」は、母親の実家があった山口県山口市。最初のページに重明という名前の経緯が登場する。
ぼくが生まれたとき、父は牧師の教職の資格を取るために、アメリカのニューヨークへ2度目の留学をしていた最中だった。
「重ねて留学中につき、『重』の字を使おう。それから、明治時代の『明』。ふたつで『重明(しげあき)』。いい名前じゃないか」
母から知らせを受けた父は、そう言ってぼくに重明の名をあたえた。
これまで日野原さんの名前について考えたことはなかったが、このエピソードを知って、あらためて、名前の2文字を見ると、よくぞ、この時期に生まれてくれたという父親の喜びが伝わってくる。明治時代は翌1992年7月30日に終わっている。
