2019/12/07

自由、平等、連帯、そして民主主義

斎藤幸平編集の『未来への分岐』を読んだ。副題は「資本主義の終わりか、人間の終焉か?」。いま、そのY字路に立っている。目指すはポストキャピタリズム。

 以下、理解し得た箇所の適宜抜粋、そして備忘録。

▼政治哲学者ハートとの対話から

 新自由主義が増やしたのは投資銀行家や広告業、コンサルタントのような高級取りの仕事。しかしなくなってもかまわない非生産的仕事。むしろなくなったほうが社会にはプラス。そういう状況下で、今まで受けてきた教育や自分の才能が無駄遣いされている。これを最大限に活用できるような社会を人々は要求し始めている。それは資本主義の根本原理と相容れない。

 ウォール街占拠(オキュパイ)運動とサンダース現象の連続性。サンダース旋風は彼がカリスマだから起きたブームではない。オキュパイ運動を支えた人たちの渇望が残っていたからこそ起きた。渇望の表現手段がサンダースだった。彼のスローガンはオキュパイ運動の要求したもの。 オキュパイ運動の「敗北」で問うべきは、なぜリーダーなき運動が持続的社会変革を達成できないままでいるのかという問題。純粋な水平性では不十分。リーダーの有無と組織化とは別問題。サンダースは周囲の活動家たちから学ぶことで選挙運動を発展させた。大事なのは彼の発する声の背後にある運動。「戦術」を練るのがリーダーであり指導者。

 選挙が民主主義のすべてじゃない。「サンダースのような頼りになるリーダーさえ登場すれば選挙で勝利でき、政治の力で世界を変えられる」ではうまくいかない。リーダーの神格化は避けるのが賢明。新しい運動が生み出したものがサンダースのような政治家。運動が新しいタイプの政治家の生みの親。リーダーありきではない。

 資本は地球をコモンとして取り扱えない。それどころか人間と自然のあいだの関係に修復できない亀裂を作り出す。利潤という観点からしか自然を扱えないからだ。つまり資本主義では持続可能な地球の管理は不可能だ。その意味でナオミ・クラインの分析、『これがすべてを変える』は重要である。気候正義を求める運動は新たな連帯を作り上げるだろうと。経済成長ではない発展が必要。教育・育児・介護(=非物質的労働)、低炭素産業で。経済成長とは掠奪で、持続可能性とほど遠い。

 リーダーが存在するモデルの一つとして、バルセロナ市長アダ・クラウの試みが参考になる。彼女はもともと社会活動家で、就任後も社会運動のための空間(議会外からの参画)を奪うことがないよう配慮。つまり統治機構が社会運動を育てようとしている。都市レベルでの自治的な民主主義参画を重視する革新自治(municipalism)の実現をめざす。

▼哲学者ガブリエルとの対話から

 概念が間違っていたら、差別や不平等、資本主義の暴走といった現実的問題の解決に向けた取り組みはできない。現代が困難な時代である理由の一つでもある。哲学は社会を変えるために欠かせない。ポスト真実は客観的事実の危機。誤った信念は私たちの生活を悪いほうに変える力を持った「事実」である。歴史修正主義に対しては「なぜ犠牲者たちを信用しないで、修正主義者を信用しなくてはならないのか」と。相対主義の蔓延で共通の土台を失った。

 相対主義はシニカルだ。相対主義者は、文化・価値観の違い、よその伝統といった自分と異なる存在として「他者性」を作り上げることで自分が見たいものだけを見ている。普遍性を拒絶し、他者を人として見ようとしない。相手を非人間化すれば、差別や排除といった攻撃的態度を簡単に取ることができる。暴力を正当化できる。行き着く先はナチスの強制収容所、パレスチナのガザ地区。

 心地よい嘘は現実を架空の世界に置き換えてしまうパワーを持っている。客観的事実だけでなく、道徳や人権意識も弱体化させる。嘘が公共圏に広がると、民主主義の条件は破壊され、全体主義運動の台頭につながる。投稿に対するファクトチェックを行う専門委員会を設置するまでSNSをシャットダウンすべき。

 たとえばドイツで右翼が難民を嫌い、メルケルの普遍主義政治に反対したのは、恐れからです。メルケルの道徳的行いを許せば、自分たちが価値を否定している人々と、自分の富を分け合わなくてはならなくなる。富を失う、と遅れている。そういう人たちがポスト真実に夢中になる(ニーチェ主義)。

 フーコー、デリダ、ハイデガー、ニーチェはすべて他者を非人間化する考えの持ち主だった。

 社会構築主義の問題点。社会的事実を幻覚のように捉える。

 実在論=事実そのものに態度を合わせるべきだとする考え方。新実在論=事実はそこにあるのではなく、ここにもある。主体・客体、心と世界、社会と自然といった区別そのものに欠陥がある。

 日本人の識字率は100%近いそうだが、現制度では哲学的思考を教えていない。すべての子供たちが哲学教育を受けられるようにすべきだ。哲学のトレーニングを小学校低学年から行う必要がある。

▼経済ジャーナリスト メイソンとの対話から

 情報技術の発展は、ドラッカーが『ポスト資本主義社会』で指摘したように、現在の資本主義システムが継続できないほどの変化をもたらす。「潤沢な社会」、たとえば音楽産業。一度音源さえ作れば追加費用をほとんどかけずに世界中に広げていける社会。新聞、書籍、オンライン教育しかり。オープンソースによる知のシェア。リサイクルの徹底化。多くのものやサービスが無料になっていく傾向がある。『限界費用ゼロ社会』で「価値の破壊」が起き、資本主義は終焉を迎える。ポストキャピタリズム社会の到来。

 ポストキャピタリズムへと導く4つの要因。1 限界費用ゼロ(利潤の源泉の枯渇)、2 高度なオートメーション化と労働の定義の変化(仕事と賃金の分離)、3 正のネットワーク効果(生産物と所有の結びつきの解消、正の外部性)、4 情報の民主化(生産過程の民主化、例:キンドルのスペルミスを誰かが発見すると、新しいバージョンがアップされる)。

 ポストキャピタリズムへの移行を阻む4つの要因。1 市場の独占(限界費用ゼロ効果に対する抵抗、例:高額のiPhone)、2 ブルシット・ジョブ(クソくだらない仕事のこと。オートメーション化に対する抵抗)、3プラットフォーム資本主義(プラットフォーム利用料の徴収とビッグデータの販売。正のネットワーク効果への抵抗)、 4 情報の非対称性を作り出す(情報の民主化への抵抗)。

ポストキャピタリズムには資本側だけでなく、労働者からも抵抗がある。オックスフォード大学のリサーチ(左図)が当たるかどうかはさておき、大変化が起きる可能性は高い。

 勤労を熱望している人々がいる事実をどうするか。労働の場は社交の重要な場であり、自己実現や社会的承認の場でもあるからだ。他方、そうではない現実もある。大事なのは仕事以外の生活や人生があることを人々に伝えること。雇用創出ではなく、人間性に重きを置いた生活を創出することのほうが重要。

 インターネットを通じて単発の仕事を発注するギグエコノミーが大きな問題になっている。機械化できる仕事をわざわざ大勢の人にやらせるブルシット・ジョブも問題。

 フェイクニュース排除に対する喫緊の対策はインターネット上の匿名性を根絶すること。情報の非対称性をなくす(コントロールする側とされる側との乖離をなくす)。ビッグデータ・リポジトリを私たちの手で管理することが不可欠。

 小規模な抵抗、水平主義のプロジェクトが重要。ポストキャピタリズムは人々のこうした実践から立ち上がるものだから。

 人間の判断よりもAI(アルゴリズム)の判断のほうが優位な時代(シンギュラリティ=技術的転換点)にどう立ち向かうか。

 政治の世界ではリベラル派が一番弱く、自信を失っていて、「人間の名において私たちは人権を要求する」と主張しづらそうにしている。リベラリズムを復活させなければならないが、それがマルクス主義ヒューマニズム。人間中心主義的世界観。

 エコロジカルは個人レベルの消費活動で解決できる問題ではまったくない。生産の次元が決定的に重要。環境危機は資本主義の決定的問題点をクリアにしている。新しい動きが出ている。たとえば、アメリカのグリーンニューディール*。これが法制化されれば、経済主体としての国家が復活を遂げ、規模の再分配的正義と環境正義の融合が実現する。

*
  • 温室効果ガス排出ゼロを目指す
  • 再生可能エネルギー等のゼロエミッション源で電力需要に100%対応
  • 交通システムを抜本的に見直し、ゼロ・エミッション車や公共交通、高速鉄道へ投資
  • 気候変動関連の災害への強靭性構築、インフラ更新、建造物の設備更新
  • クリーン製造業の振興、農家・酪農家との協力
  • 送電網の構築・更新
  • 強力な雇用・環境保護を伴う国境調整、調達基準、貿易ルールの採択と執行
  • 質の高いヘルスケア、住宅、経済セキュリティを全国民に提供
 グリーンニューディール政策は、周辺部からの搾取の上に先進国の現状が成り立っている事実について反省が前提である。グリーンニューディールをポストキャピタリズムにつなげていくためには社会運動が必要である。

 ケインズは芸術を重視していた。万人のための芸術は人間解放の第一歩であると。国家はしたがって芸術の活動を助成すべきである。

 3人に共通する価値は「自由、平等、連帯、そして民主主義」。解放への道は人々の下方の集合的力。「社会運動や市民運動が大事」は今こそ。

フルネームで呼んでくれてありがとう

スティールの『 ステレオタイプの科学 』に、こんなエピソードが紹介されている。  ある伝説の英雄と同姓同名の人物に出会ったことで、研究上の疑問が解けたという話である。  シャーマン・ジェームズは、人種による健康格差の問題に取り組む公衆衛生研究者である。たとえば、アメリカの黒人は白...