・1952年、サンフランシスコ講和条約が発効、日本が沖縄を切り捨てた日。
・2013年、名護市出身の女性が米軍属の男に殺害された日。
沖縄「屈辱の日」。
そんな日に読み終えた。大城冝武さんの新刊、『絵解き「琉球処分」と東アジアの政治的危機』(榕樹書林刊)。
著者はなぜこの絵をカバーに使ったのか。
(当時の)日本の琉球観が凝縮されている一枚だ。絵そのものは古い。1879(明治12)年、『團團珍聞』(まるまるちんぶん)に掲載された「古銅人像の図」である。
古銅人像(コロッサス)は、頭に2本の簪、右手に芋、左手に泡盛、背に涼傘(すずみがさ)の裸一貫。琉球の人々を古銅人に見立てる(本書116ページ)。
この「観」はいまも変わらない。むしろ、ひどくなっている。だから、実は「当時の」にとどまらない。
本書を読むと、涙が止まらなくなる。
漫画を見ながら(書き手もさぞかし満足だろうと思わせるほどの解読)、いかに本土が琉球を、沖縄を蹂躙してきたかが事実に即して語られる。「琉球処分」という言い方ひとつとってもわかるだろう。それは、今日における自衛隊基地と米軍基地の押しつけへとつらなる。
琉球国は、1609年に薩摩藩に侵略され、その後、明治維新をはさんで日本(明治政府)に侵略された。その歴史が現在の原点だ。
「幕府→薩摩藩→琉球」という支配—服従の関係が、戦後「米国→日本→沖縄」に置き換わっただけ。支配される側(日本)は、自ら支配する存在(沖縄)を必要とする。
「薩摩襲来」(琉球侵攻ではない)、「廃国置藩」(廃藩置県ではない)、「琉球屈属」(琉球併合ではない)、そして「琉球藩仮想現実」。支配者側の言葉を拒否し、自分たちの言葉を取り戻すことから人々の歴史になる。
琉球藩?に目を見張った人はぜひ、見張らなかった人も読んでほしい。
【内容紹介】
1879(明治12)年、明治政府は熊本鎮台の兵とともに処分官、松田道之を送り込み、首里城を占拠、首里王府を廃し、琉球を日本の版図(はんと)に強制的に組み込む「琉球処分」を断行した。
以降、今日に至るまで日本政府は琉球・沖縄を新植民地主義的支配下に置き、軍事基地を強制、人々の不満と不安は渦巻いたままである。
本書は「琉球処分」の前後、当時の雑誌や新聞に掲載された風刺画にあらわれた琉球と沖縄を読み解く。
【我部政男さんによる書評】
琉球新報 2020年4月5日。
