2020/05/15

「自前」というスタイル

田村紀雄先生から本のプレゼント。

 『自前のメディアをもとめて─移動とコミュニケーションをめぐる思想史』。

 出版社は、京都のSURE(以前から何と読むのか気になっているのが読み方。シュアでいいのだろうか、それともスレ?)

 本書は黒川創さんはじめ、同社のスタッフをメンバーとする3日間のゼミを収録した本。86歳になった田村先生の十代から今日の研究生活に至るまでのなりゆき、ご本人曰く、「60年近いライター生活」が再現されている。あとがきのタイトルも「ティーンズの思想史に刻んだ原風景」。

 ガリ版に関する話を読んでいて、小学生のころを思い出した。高学年のころ、学校の謄写版を借りて、新聞を作ったことがある(たぶん3号新聞だっただろう)。唯一、記憶に残っているのは、死に関する寓話を書いたことだ。

 「死にたい」とふだん口にしている人のところに、ある日、死神がやって来る。そして、こう言われる。
 「そんなに死にたければ、希望を叶えてあげよう」。
 すると、その人は急に青ざめ、「本気ではなかったんです。死にたくありません。どうか許してください」と、必死に懇願する。幸い、「今度だけは許してあげる」と言い、死神は去っていくという話だ。何かの本で読み、級友に知ってほしくなったのだろう。

 紙はB4判のわら半紙。縦書きの文章、死神のカットも入れた気がする。ガリ版、鉄筆、(独特のニオイがする、茶色っぽい)修正液、印刷機、紙、すべて担任だった小沢先生が調達してくれた。

 さて本書。たくさんのエピソードが眼前に浮かぶように出てくる。懐かしい人もたくさん出てきて、意外な一面も知れる。もちろん田村先生のタフな面もだ。

 ボクが一番記憶に残ったのは、こんな件(くだり)だ。

 「ものをつくるときは、そのための道具からつくらなければならない。研究も同様で、仮説や方程式という道具をつくって、理論化する」。

 同感。仮説や方程式は言い換えれば、概念や理論である。この二つを学ぶことは道具の手入れ。道具なしで研究という作業はできない。

 最後に。
 学生時代から気になりつつ、はたしていない足尾銅山と田中正造の足跡歩き。今度こそ。