石内さんは1947年生まれ。第一次ベビーブーマー世代だ。小中学校は午前と午後の2部授業(この方法、コロナ禍で遅れた授業に使えるかもしれない)。それでも一教室50人。
昨年亡くした親しい友人知人12人の大半は、同い年かひとつ年下が大半で、今年もすでに同い年とひとつ年下の男の訃報があった、と彼女。
石内都は作家名だ。28歳から使い始めているという。インタビューによれば、「当時、誰も知らない名前がいい、と軽い気持ちで付けた」「石内都は、響きの美しさが気に入った」。
実は石内都は、母、藤倉都の旧姓と名前で、戸籍上の名前は藤倉陽子だ。当時、彼女と母親とはソリが合わなかったらしい。それでもそうしたのはどうしてだろう。
写真を始めてから同い年の女と出会う。彼女は写真家の妻だったことと、私の本名と同じ名前だったこともあり、お互いに興味をもって親しくつきあい始めた。
親が子供につける名前には流行があり、親の願いもふくめて、その生まれた時代を反映しているもので、第一次ベビーブーマーの名前は女子は太陽のように明るく元気に育つようにと陽子が、男子は平和のひと文字をとって和雄か和男が多かった。
同じ年に生まれ同じ時代の空気を吸って成長した同じ名前の彼女と私は、まったく性格も考え方も違っていた。そのことが面白くて親しくなったのだった。
その後、陽子さんは42歳で亡くなった。陽子さんとは荒木陽子さん。文才で知られる。
