2020/06/16

名前を連呼する

久しぶりに他人の日記を読んだ。それも17歳の。

 書き手は高田渡。1949年生まれだから、ボクが15歳のときに書かれた日記だ。1967年と言えばボクは高二。当時、東京にいた彼はこんな日常を送っていたのか、と思いながら、『マイ・フレンド:高田渡青春日記 1966-1968』を読んだ。

 1967年5月13日の日記から抜粋しよう。

 中川和子、中川和子、中川和子、中川和子、中川和子。
 ぼくはこの名前をなんど自分によんできかせたかわからない。今、こうして佐賀まできている今ですら、よぶときがある。自分に、心に。


 中川和子は片思いの人の名前だ。

 「2年前の10月8日の夜8時ごろ、中川君の家にいった。そして、「ぼくと友だちになって下さい」といった。それまで学校でも一度も話したことのない子にいきなりよくいいだせたものであった。ほんとうによくいったものだ」と、1966年10月13日の日記で述懐している。

 中川和子は書きやすく、かつ呼びやすい。

 さて都知事選に山本太郎が出馬するという。先日の日記でもふれたが、政治家にとって名前はツールだ。画数が多い字や読みにくい字をひらがなにするのは、そのあらわれ。

 「山本太郎」は書類の記入例に出てきそうな、平凡な名前だ。同姓同名も多いことだろう。この平凡さが政治家には有利に働く。同姓同名者が投票するというおまけもある。

 選挙運動で、政治家は自分の、支持者はその人の名前を連呼する。選挙カーでできるのは実質的に名前の連呼だけ。

 台湾の選挙では候補者に番号がつき、投票でもその番号が使われる。今回の都知事選では、現職と同姓同名の新人が立候補するともいわれるが、その場合でも番号で区別できる。

 田中美帆さんのブログにこう書かれている。
日本は候補者の名前を直筆で書くスタイルだが、台湾はちょっと違う。投票用紙には、候補者の写真がついていて、候補者の番号、写真、名前が書かれた欄が並び、票を投じる相手の欄にハンコを押す。つまり、日本のように名前を書かないのだ。投票所に写真が用意されているのは、識字に課題を抱える人への配慮。ハンコの位置が判別不能、あるいは2つ以上の欄に判の押されたものは無効とされる。

おまけ 1966年はこんな時代だった。以下は7/5の日記に出てくるエピソードである。

 11時45分の吉祥寺行きのバスにのった。そして運転手のおじさん(30才だい)からバスの運転の仕事やら色々と悩みなどを教えてもらいました。とても良い勉強になった。

 最終バスに近い時間のバスで、運転手はこれで上がりだったのかもしれない。いい光景だ。